本を読む時って、あまり深いことは考えてないんです。ただ何気なく本を取り、何気なく読んでいく、ただそれだけで、気がつけば・・・

小説を書きたいなら応募する賞を決めて締切を設定

今まで何度か小説を書いてみようかなって思ったことがあるんですけど、なんとなく書き始めてみたものの結局書き上げることもお話の骨子を作り上げることも出来ないまま忘れ去られています。でも、これって私だけじゃないみたいです。本好きの友達と集まったときに、今までチャレンジしたことがあるか?という話題になったんですけど、5人中3人が挑戦して諦め、一人は今も挑戦中なんだとか。
何と今まで彼女は数本の小説を書き上げているんだとか!見せて!と言ったんですがそれは断固拒否だそうで、残念。まだ納得いく作品ができていないんだそうです。
書き上げるコツはあるのかを聞いてみると、何と「期限を設定すること」なんだとか。彼女の場合は、書き始める前にある程度ジャンルを絞って、そのジャンルだったらこの賞に応募できるな、というあたりをつけるんだそうです。そして、その賞の応募締め切りまでに書き上げることを念頭にスケジュールを組んでいるんだとか。最後の半月は校正チェックなどに回すため、とりあえず締め切りの一月前までに形を上げる、そのためには書くペースを計算していつごろまでにプロットを仕上げて、と逆算していくんだそうです。きっちりしている子なので、彼女らしいと言えば彼女らしい。
諦め組みの私たちにはちょっと難しそう…でも、彼女いわく「他の人も締め切りは一緒だから、誰よりも早くあげてやろう!って思うとうまくいくよ(笑)」とのこと。うーん、負けず嫌いであることも小説家には必要なのかもしれませんね(笑)

ハリネズミのジレンマ

恋愛ものの小説を読んでいたら、「まるでハリネズミのジレンマね」というセリフが出てきました。これは何だろう?と疑問に思ったので、さっそく調べてみました。
ご存じハリネズミさんは、体にとげとげがいっぱいついていますよね。寒い冬にお互いの体温で温まろうと思ったけどくっつけば刺さる。痛いのは嫌だから離れると寒い。そんな状態のことを、「ハリネズミのジレンマ」と呼ぶのだそうです。もともとは、ドイツの哲学者さんが作った寓話だそうですよ。
なるほど、確かにこれは恋愛にありがちな問題ですね。好きだからそばに居たいけど、そばに居たら苦しい、みたいな。私もそんな時期もあったなあ~と昔懐かしく思いました。
こと恋愛に関して言えば、正解なんていうものは当人たちにしかわからないものですから難しいですよね。結果的に二人が幸せであれば誰も文句は言えませんが、そばに居ることで傷ついているのを近くで見ていたら、離れたほうが良いんじゃない?と言いたくなってしまいます。傷つきながら、くっついたり離れたり試行錯誤を繰り返してお互いに心地よい距離を見つけられればそれでいいんですけどね。この恋愛小説の主人公とヒロインもそんな距離を見つけられるんでしょうか…ドキドキしながら読み進めてみることにします。

子供の頃の習慣を思い出して

一日一善って、難しい事だなって改めて最近思います。小学生のころは、クラス目標が一日一善だったのでみんなが何かしら一日一善をしていました。良いことをしたと思ったら、自己申告で先生にこっそり耳打ちしに行くんです。先生が、それはいいことをしたね!ってシールをくれて、そのシールを自分の日記帳とかに貼っていたんですよね。毎日違うシールがもらえてすごく楽しくて、時々シールが足らなくてただの赤いまるのシールだけになるときもあったけど、それでももらえることが嬉しくて、ほんの些細な良い事が出来るチャンスを探してみんなできょろきょろしていたのが懐かしいです。
どうしてこんなことを急に思い出したかと言うと、押入れを整理していたら小学生のころの日記帳が出てきたからなんです。日記の内容は本当にくだらなくて、近所のだれちゃんと遊んだとか、どこへ行ったとか、この本を読んでおもしろかったとか、そんなことばかり。それでも毎日楽しい楽しいと書いてあって、なんだか自分の事なのに羨ましくなりました。この頃の習慣は今でも残っていて、日記はなるべく毎日つけるようにしています。それでも、今日は仕事で疲れた、辛かった、そんな内容も多くてなんだか悲しくなるんですよね。
あの頃を思い出して、一日一善をして、今度は自分で自分にシールをあげてみようかな。何か変わるかも。

本のパッケージ買い

友人の小学4年生の息子は、最近ようやく本を読むようになってくれたそうです。小さいころから図書館の読み聞かせにつれて行ったり、寝る前に絵本を読み聞かせしたり、友人はがんばっていましたが、これまで一向に本を読もうとしなかったそうです。漫画でも読まないよりはいいだろうと、分厚いドラえもんの愛蔵版も買い与えたけどだめだったそうです。友人はやっと努力がむくわれたと思い、息子をつれて書店に行き、「好きな本買っていいよ!」と太っ腹なところを見せたそうです。しかし、選んでくるのはシリーズものの中途半端な巻ばかり。いきなり3巻を手にとり、これがいい!と。シリーズ物は1巻から読まないと人間関係わかんないでしょうと諭しても、ぴんとこない感じで、次に選んだのは5巻だったそうです。友人の息子はどうやら表紙の絵で本を選んでいたようです。
そういえば昔、その親子とツタヤに行った時、平成仮面ライダーシリーズの中途半端な巻をその子が選んできました。その時、友人の息子が熱心にみつめているのは、やはりパッケージでした。4歳ぐらいの息子に、1巻から見ないと人間関係わからないでしょうと、怒っていた友人の姿をを思い出しました。そうなのか、息子も母親もその頃から変わっていないのだなとしみじみ思いました。

人を魅了する何かを持った子

友達の一人に、昔から人が集まる子がいます。外見が特にかわいいわけでもないしスタイルがいいわけでもない。あえて言うなら、本当にごく普通の女の子。でも、彼女のいい所は中身がとてもかわいい所です。裏表がなく少し天然で、素直で人見知りしない。男女に対して素振りも変えず、常に平等。ちょっと不器用で覚える事とか苦手そうだけど、それも一生懸命頑張ってる所がみんなの気持ちを惹く理由だとも思います。この前本を読んでいる時肩をポンッとたたいたら、本を放り投げてびっくりして「はーびっくりした!!」と驚きを全開で見せてくれました。なにやら丁度推理小説の殺人犯が出てくるところで、読み入っていたそうで、近くに私がいることも全く気づいていなかったみたいです。その驚きようもわざとではないとわかるので、やっぱり何事(本を読むことですら)にも一生懸命なんだなと、変なことでまた納得してしまいました。やっぱり、人が集まる人にはそれなりの理由、人を魅了する何かを持っていることなんだなと納得です。外見を磨くのはある程度知れてるけど(もちろんそれも大事だけど、メイクしたりお肌のお手入れしたり)、内面を磨くのが一番だと改めて思わされてくれる子です。

無いものねだりの私達

わかってはいるんだけど、つい無いものねだりをしてしまう私達。結婚している仲のいい友達、結婚前はあれだけ「早く結婚して家族を持って温かい家庭を持ちたい!子どもと旦那に囲まれた生活をしたい」と言っていたけど、今では「一人の時間が欲しい!一人で旅行に行きたい!」と愚痴る時があります。いい物を持っているのに、持っていないから欲しくなる、そんなもんなんです。お金があると時間がないとか、なかなか欲しいもの全てを手に入れるのは難しいんです。自由が欲しいと思えば一人にならないといけない、だとすると寂しいしそれはそれで嫌です。だから人といる時間と自分の時間をバランスよく取れたらいいなと思います。みんなと遊ぶ時はしっかり人と過ごす時間を楽しみ、愚痴を言い合ったり最近のニュースを交換したり、わいわい楽しもうと思うのです。その代わり一人の時は自分で出来る事を楽しもうと思います。本を読んだりテレビを見たり、片づけしたりなんなり。自分が欲しいと思うときにその時間があるかどうかはわかりませんが、わがままにならずにその「時」を大事にしようと思うのです。ちょっと違うけど、来る物拒まず去る物追わず、みたいな感じで。流れに逆らわず受け入れていくと、上手く事が運ぶ気がします。

小説の中の青年に似た人

先日、会社の人と一緒に飲みに行ったときの事です。みんなお酒が入っていましたので、フランクな感じになって色々な話をしていたのですが、みんながみんなの第一印象について話をする機会があり、とても面白かったです。
「優しそう」だとか「怖そう」といったイメージは沢山あったのですが、中には「芸能人の◯◯に似ている」だとかの意見もあって、同じ人を見ているのに第一印象もかなり違うものだなと感じて興味深かったです。
私は、心の中で動物とか野菜に人を例える癖がありますので、第一印象というと、「かぼちゃみたい」だとか「セロリって感じ」だとかになってしまいます。
私の番が回ってきたので、そのまま「◯◯さんは最初はジャガイモって感じでした、ちょっと寡黙で、でも優しそう」と言ったら、「ええ?!」と驚く人もいたのですが、「わかる!」と言ってくれる方もいました。
一人、私の読んだ小説の中にでてくる男性にそっくりな男性がます。その人に関しては、野菜とか動物ではなく、ただ「あの小説にでてくる青年が実際にいたら絶対にこんな感じ」という印象でしたので、それをそのまま伝えました。
残念ながら、小説自体があまり有名なものではありませんでしたので、小説の説明からしなければなりませんでしたが、後からこっそりと本人が「実は僕その本読みました」と言ってくれて、ものすごくびっくりしました。
そこからは、その話で盛り上がりました。お話してみると、ますますその小説に出てくる青年のように見えて、とても不思議な気持ちになりました。

初めてのデートの時

初めて男の人とデートをする時に、とっても困った記憶があります。友人に相談しては悩み疲れていました。
何に悩んでいたかというと、とっても些細な事です。食事に何を食べたらいいのか、だったり、何を喋ればいいのか、だったり、洋服はどうすればいいのか、だったり。
腕や足など見える部分はむだ毛も処理しておかなければなりませんし、洋服も気合いを入れすぎては恥ずかしいです。
それに食事も、大きな口を開けて食べなければならないものや、口の周りが汚れるものはイヤですし、麺類もずるずると吸わなければならないので無理です。カレーなどはスプーンで口に運ぶのでいいにしても、最後にお皿に残った米粒をスプーンで追いかけ回すのは恥ずかしいし、かといって残すのもお行儀が悪い、との事で、「食べられるものが限られる!」と騒いでいた記憶があります。
当時は本屋でも、ティーンズ向けの雑誌が出ていました。小中学生を対象にした雑誌で、丁度恋の話やお風呂でのケアの事など、ちょっと背伸びをしたような内容が沢山掲載されていたので、そういった雑誌を友人と頭を寄せ合ってみていたような気がします。
今想えば、なぜあんなにデートで色々と考え込んでしまっていたのでしょうか。本や雑誌を読みあさって情報を集めたり、なんだか思い出しても可愛かったな、なんて想います。

とても恥ずかしい勘違い

少し恥ずかしい勘違いをしてしまう事ってありませんか?私はつい先日、恥ずかしい勘違いをしてしまいました。
私にはいつも仲良くしてもらっている仕事仲間の男性がいます。冗談が好きな人で、私を含め、いつも仲間を笑わせてくれるような人です。彼がいると雰囲気が華やかになるので、そういったオープンな性格を羨ましいな、と思っていました。
そんな彼が、ある日私に本を譲ってくれました。休憩中に私が本を読んでいるのを知っているので、私が本が好きなんだと知っていての事だと思います。その本は、なんとゲーテの詩集でした。何度も読み返したのか、使い古した感じがありました。
あまりに彼とかけ離れたイメージでしたのでびっくりしましたが、さらに驚いたのは、好きな女性を熱烈に想うような詩に、ドッグイヤーがしてあった事です。恥ずかしながら、もしかしてこれは、彼の気持ちなんじゃ?と、すっかり勘違いをしてしまいました。翌日、「ゲーテの詩集をあんなに読み込んでるなんて、ロマンチストだね」と声をかけると、その本はお姉さんが読んでいた本だったらしいのです。
もう随分長い事、彼の車に忘れて置いてあったので、もういらないんだろうと考え、捨てるくらいなら、読書好きな私へ、と考えた結果だったとの事でした。詩集はとても素敵な作品でしたが、顔から火を噴きそうな程恥ずかしかったです。

ボロボロの絵本はお気に入りの証

子供に絵本を読んであげる読み聞かせ。研究の結果から、子供の知能や言語能力の発達をうながすとわかっているらしいですね。読み聞かせは子供のためにいいということは知っていましたが、まさか具体的な結果が出ているとは。少しびっくりしました。でもこれだけ文明の発達した今、結果のないことを『いい』などと簡単に言うはずはありませんものね。自分が無知でした。私の知り合いの子供は、今は幼稚園児ですが、本当に赤ちゃんの頃から絵本を手にしていました。おすわりができるようになった頃に、両親が与えたのです。もちろん文字は読めないでしょうが、ページをぺらぺらめくるのが面白かったのでしょう。ひたすらめくっていました。その頃の赤ちゃんといえば、よくやる遊びのひとつが、ティッシュペーパーを引き出しつづけるというもの。絵本をめくる行為に、似たものを見つけたのかもしれませんね。さてそんな子供は、幼稚園になった今も絵本が大好きです。遊びに行くと「読んで~」とすぐに持ってきます。ぼろぼろに破れている本もありますが、それはその子の昔からのお気に入りということ。これ以上破らないように、そっとめくって読んであげます。このまま本好きな大人に育ちますように。