本を読む時って、あまり深いことは考えてないんです。ただ何気なく本を取り、何気なく読んでいく、ただそれだけで、気がつけば・・・

小説の中の青年に似た人

先日、会社の人と一緒に飲みに行ったときの事です。みんなお酒が入っていましたので、フランクな感じになって色々な話をしていたのですが、みんながみんなの第一印象について話をする機会があり、とても面白かったです。
「優しそう」だとか「怖そう」といったイメージは沢山あったのですが、中には「芸能人の◯◯に似ている」だとかの意見もあって、同じ人を見ているのに第一印象もかなり違うものだなと感じて興味深かったです。
私は、心の中で動物とか野菜に人を例える癖がありますので、第一印象というと、「かぼちゃみたい」だとか「セロリって感じ」だとかになってしまいます。
私の番が回ってきたので、そのまま「◯◯さんは最初はジャガイモって感じでした、ちょっと寡黙で、でも優しそう」と言ったら、「ええ?!」と驚く人もいたのですが、「わかる!」と言ってくれる方もいました。
一人、私の読んだ小説の中にでてくる男性にそっくりな男性がます。その人に関しては、野菜とか動物ではなく、ただ「あの小説にでてくる青年が実際にいたら絶対にこんな感じ」という印象でしたので、それをそのまま伝えました。
残念ながら、小説自体があまり有名なものではありませんでしたので、小説の説明からしなければなりませんでしたが、後からこっそりと本人が「実は僕その本読みました」と言ってくれて、ものすごくびっくりしました。
そこからは、その話で盛り上がりました。お話してみると、ますますその小説に出てくる青年のように見えて、とても不思議な気持ちになりました。

初めてのデートの時

初めて男の人とデートをする時に、とっても困った記憶があります。友人に相談しては悩み疲れていました。
何に悩んでいたかというと、とっても些細な事です。食事に何を食べたらいいのか、だったり、何を喋ればいいのか、だったり、洋服はどうすればいいのか、だったり。
腕や足など見える部分はむだ毛も処理しておかなければなりませんし、洋服も気合いを入れすぎては恥ずかしいです。
それに食事も、大きな口を開けて食べなければならないものや、口の周りが汚れるものはイヤですし、麺類もずるずると吸わなければならないので無理です。カレーなどはスプーンで口に運ぶのでいいにしても、最後にお皿に残った米粒をスプーンで追いかけ回すのは恥ずかしいし、かといって残すのもお行儀が悪い、との事で、「食べられるものが限られる!」と騒いでいた記憶があります。
当時は本屋でも、ティーンズ向けの雑誌が出ていました。小中学生を対象にした雑誌で、丁度恋の話やお風呂でのケアの事など、ちょっと背伸びをしたような内容が沢山掲載されていたので、そういった雑誌を友人と頭を寄せ合ってみていたような気がします。
今想えば、なぜあんなにデートで色々と考え込んでしまっていたのでしょうか。本や雑誌を読みあさって情報を集めたり、なんだか思い出しても可愛かったな、なんて想います。

とても恥ずかしい勘違い

少し恥ずかしい勘違いをしてしまう事ってありませんか?私はつい先日、恥ずかしい勘違いをしてしまいました。
私にはいつも仲良くしてもらっている仕事仲間の男性がいます。冗談が好きな人で、私を含め、いつも仲間を笑わせてくれるような人です。彼がいると雰囲気が華やかになるので、そういったオープンな性格を羨ましいな、と思っていました。
そんな彼が、ある日私に本を譲ってくれました。休憩中に私が本を読んでいるのを知っているので、私が本が好きなんだと知っていての事だと思います。その本は、なんとゲーテの詩集でした。何度も読み返したのか、使い古した感じがありました。
あまりに彼とかけ離れたイメージでしたのでびっくりしましたが、さらに驚いたのは、好きな女性を熱烈に想うような詩に、ドッグイヤーがしてあった事です。恥ずかしながら、もしかしてこれは、彼の気持ちなんじゃ?と、すっかり勘違いをしてしまいました。翌日、「ゲーテの詩集をあんなに読み込んでるなんて、ロマンチストだね」と声をかけると、その本はお姉さんが読んでいた本だったらしいのです。
もう随分長い事、彼の車に忘れて置いてあったので、もういらないんだろうと考え、捨てるくらいなら、読書好きな私へ、と考えた結果だったとの事でした。詩集はとても素敵な作品でしたが、顔から火を噴きそうな程恥ずかしかったです。

ボロボロの絵本はお気に入りの証

子供に絵本を読んであげる読み聞かせ。研究の結果から、子供の知能や言語能力の発達をうながすとわかっているらしいですね。読み聞かせは子供のためにいいということは知っていましたが、まさか具体的な結果が出ているとは。少しびっくりしました。でもこれだけ文明の発達した今、結果のないことを『いい』などと簡単に言うはずはありませんものね。自分が無知でした。私の知り合いの子供は、今は幼稚園児ですが、本当に赤ちゃんの頃から絵本を手にしていました。おすわりができるようになった頃に、両親が与えたのです。もちろん文字は読めないでしょうが、ページをぺらぺらめくるのが面白かったのでしょう。ひたすらめくっていました。その頃の赤ちゃんといえば、よくやる遊びのひとつが、ティッシュペーパーを引き出しつづけるというもの。絵本をめくる行為に、似たものを見つけたのかもしれませんね。さてそんな子供は、幼稚園になった今も絵本が大好きです。遊びに行くと「読んで~」とすぐに持ってきます。ぼろぼろに破れている本もありますが、それはその子の昔からのお気に入りということ。これ以上破らないように、そっとめくって読んであげます。このまま本好きな大人に育ちますように。

食欲と睡眠欲、大切なのは

最近気候に負けているのか、たんに胃の調子が悪いからなのか。食欲がなくて体重が減ったら、体力もがくりと落ちました。やっぱり食べることって大事なんですね。食欲、睡眠欲、性欲は三代欲求とよく言われますが、私は睡眠欲が一番強いです。食べなくても平気というわけではないけれど、あまり食に執着がないといいますか、嫌いじゃない程度で、不味くはないレベルのものを、ほどほどの分量食べられればいいというタイプです。母なんかは好きなものをおいしく食べたいって人なので、間逆ですね。親子なのにこうも違うものかと思いますが、まあこれは個々の好みの問題でしょう。そして、睡眠欲が強いとってもひたすら寝ているわけでもありません。毎朝ちゃんと定時に起きます。まあ休みの日はお昼寝したりもしますけど……。ただ、食べるか寝るかと聞かれたら寝るを選びはしますねえ。というわりに最近就寝時刻が遅くなってしまい、参っています。やるべきことが終わらないから仕方がないんですけどね。やるべきこと、すなわち仕事!わりと忙しくしています。でもこれはまだまだゆるいほうのはず。ここ数年で叶えたい夢と目標があるので、もっともっとがんばらなくてはいけないのです。ということで、きっちり食べて、しっかり寝て、体力を戻さないと!なのです。

母の旅行のお土産は

旅行のお土産にと、母がうさぎのマスコットを買って来てくれました。手のひらサイズのその子は薄い茶色をしていて、ふわふわのもこもこで、とてもかわいらしく、一目で気に入りはしたのですが……顔のあるもの、買わないようにしてたのに、私。嬉しいのか嬉しくないのかとても微妙な感じです。物を増やさないように気をつけているのですが、その中でもぬいぐるみは曲者です。いらないと思っても顔があるから捨てられない。簡単にゴミ箱に入れられない。小児科に貰ってもらったりして数をがんばって減らしたのに……。とりあえず、机の上に置きました。これで私の机の上は、うさぎが2匹とクマが1匹です。あと根付も貰ったんですが、どうして行く場所行く場所で、根付を買ってくるんでしょうかね。そんなにつけるとこありませんよ。ぬいぐるみと根付。何度言っても買ってくる、母定番のお土産です。お土産に文句をつけてはいけないとは思っているけれど、まったく。こんなおもちゃっぽいものを買ってくるなんて、私のこと小さな子供に見えているんでしょうか。お母さんがいなくても、しっかり洗濯も掃除もしたよ。帰って来たとき部屋がきれいになっていたでしょう?さみしいさみしいって、ツイッターに呟いていたのは秘密ですけどね。

元気の秘訣、芸能人を好きになること

ハッピーバースデイ、お誕生日おめでとう!そんな内容の歌を聞いて、今心が躍っています。大好きな歌手の方がそういう歌を歌ってくれると、その方にお祝いされている気になりませんか?私はなります。そして、誕生日でもないのにうきうきしてしまいます。だからね、ラジオとか好きなんですよ。テレビに出ていたりしてももちろん素敵だなあと思うけれど、ラジオは対リスナーですからね。自分に話しかけてくれているって思えるじゃないですか。本当は全リスナーに対して、でも。こんなことを職場の友人に話したら、彼女は苦笑していましたが、彼女の知り合いの50代の男性が同じ状態だと言っていました。その年になって初めて女優さんに憧れて、写真集を集めたり、テレビをチェックしたりしているそうです。奥さんが呆れてしまって「もうストーカーだよ!」と言っているらしいですが、まあ……傍から見たらそうでしょうね。でもそれだけ好きな人がいるっていうのは、例え遠い人でも素敵なことですよ。ほら、女性が俳優さんを好きになると、ダイエットしたりもするじゃないですか。それにその人にふさわしい自分になりたいとか思えるし、日々が楽しく元気に過ごせます。ということで、今私はその歌手の歌を聞いています。何度聞いてもかっこいい!

健康が一番大事です

一日中パソコンに向かっていると、目が重くなってくる気がします。私は目にちょっとした病気があるのですが、これはいくら目を酷使しても、あるいはしなくても、病気の進行に関係はないとのこと。ほっとして、毎日パソコンに向かっています。ほっとするというのもおかしな言い方ですが、知り合いの中には目の病気で、読書を諦めた人もいますからね。彼女に比べたら、自分がいかに幸せなことか!話せないより、聞けないより、読めなくなることがなにより辛い。私は常々そう思いながら、真面目に目薬をさしています。世の中には音読ソフトみたいなものも点字もありますが、本の全てがそういったものになっているわけではありませんもんね。読みたい本が読みたいときに読めることが当たり前なのは、本当に健康あってこそだと思います。健康大事!本当に大事!なんていうと年より臭いと言われてしまうし、実際に年下の友人には言われているのですが、それでも私は口を酸っぱくして、言い続けたいです。失っても取り戻せるのならいいですが、そうじゃないものもありますからね。病気なんてまさにそれ!完治するものばかりじゃないですから。若い皆さんには若さを過信せずに、自分に優しく生活をしてほしいものだと思います。

繋がりの深さを測る

この前自分が読んでいた小説のことですが、ネット上の知り合いも同じ時期に読んでいてびっくりしました。同じようなものを好きな同士がくっついているのだから、ありえなくもないとはわかりますが、すごくテンションが上がりましたね。そのくせあくまで知り合い程度の新密度なので、話しかけることもできなくて、ああそう、そうなんだよ!と思いながら相手のコメントを読んでいました。こういうときに勇気を出して話しかけることができれば、もっと仲のいい人が増えるんでしょうか。インターネットは顔が見えないから話しかけやすいと言う人もあるし、個人情報のわからない付き合いだから関係を保つことが難しいと言う人もあります。確かに両方そうだなあと思います。長く付き合うのならば、やっぱり学生時代を共に過ごした同級生が一番気が楽ですね。今は仕事も住んでいる場所すらもばらばらになってしまっているけれど、一声かければ当時のままの雰囲気が蘇ります。相手の好きなことも嫌いなこともわかっていて、考え方もある程度は知っていて、だからこそ互いのボーダーラインも見えます。顔が見えない会話でも、どんな表情をしているのかわかりますし……と書いていたら、会いたくなっちゃいました。でもみんな、遠方に住んでいるんですよねえ。残念。

文章にはリズムがあります

小学生の頃、毎日の宿題で「本読み」というものがありました。国語の教科書の決まった場所を読んで、それを家族の誰かに聞いてもらって、本読みカードに丸や三角をつけてもらうんです。たとえば「声の大きさ○」「すらすら読めたか△」とかですね。そして最後にちょっと感想を書いてもらう。今から考えると毎日聞いてくれていた母は、面倒くさかっただろうなあと思います。そのほかに算数では計算カードなんかもあって、それは時間を計らなくちゃいけないんですね。それも母が毎日。本人も相当嫌な宿題でしたねえ。私、算数が大嫌いでしたから。音読も苦手でした。声を出して読むっていうのが恥ずかしかったんです。でも今は、自分一人で音読することがよくあります。声を出すと、文章のリズムがわかるんです。黙読ではわからない、読みやすさというべきでしょうか。だからああこの本、リズムがいいんじゃないかなって思ったときは声に出して読みます。もちろん子供時代のようにカードはありませんから、小さな声ですよ。こっそり読んで、恥ずかしい台詞とかあったらそこはちょっと飛ばして、一人でリズムを楽しんでいるわけです。変わっていることは自覚しているので、誰にも言っていませんけどね。